シリーズ「コンピュータの部品のしくみ」 第7回
回路が「熱くなる」とは?
電気の、行き先
このシリーズでは、机の上に部品を並べて、ゲートの中身を組み立ててきた。
第1回では、押しボタンを一列に並べて AND、横に並べて OR を作った。 第2回で、スイッチを電気で押せるようになり、第3回で、動く部分のないスイッチ、トランジスタに替えた。 第4回では、2 種類のトランジスタを、出口の上と下に組にして置いた。 第5回では、その組でできる NAND だけで、ほかのゲートも足し算も作った。
前回は、ゲートが切り替わるには、出口の線に電気をためる(抜く)時間が要る、という話をした。
1 を出すとき、上の組が 1 の線から電気を流し込んで、線にためる。
0 を出すとき、下の組が、その電気を 0 の線へ抜いて、捨てる。
そして、こう問いかけた。
捨てられた電気は、どこへ行くのか。
答えから言うと、熱になる。
下の組が線の電気を抜くとき、電気は、トランジスタの通り道を通って 0 の線へ流れていく。 この通り道は、つながっているとはいえ、ただの導線ほど通りやすくはない。ほんの少しだけ、通りにくい。
通りにくいところを電気が通り抜けると、そこで熱が出る。 電気ストーブやドライヤーが温かくなるのと、同じことだ。 あれは、わざと通りにくい線に電気を通して、熱を出している。
ためるときも、同じだ。 上の組が 1 の線から電気を流し込むとき、電気は上の組の通り道を通る。そこでも、少し熱が出る。
つまり、出口が 0 から 1、1 から 0 に切り替わるたびに、ゲートは、ほんの少しだけ温かくなる。
いつ、使うのか
では、ゲートは、いつ電気を使っているのだろう。
第3回の、トランジスタ 1 つと抵抗で作った NOT を思い出してほしい。
出口が 0 を出しているあいだ、1 の線 → 抵抗 → トランジスタ → 0 の線と、道がひとつながりになっていた。
電気は、ずっと流れっぱなしだった。
流れっぱなしということは、温めっぱなしということだ。 抵抗は、まさに「通りにくい」部品だから、流れているあいだ、ずっと熱を出し続ける。 何の仕事もしていないのに。
第2回のリレーも、押しているあいだ、コイルに電気を流しっぱなしだった。 これも、押しているあいだずっと、コイルを温めている。
第4回の上下の組は、違った。 上の組と下の組は、同時にはつながらない。 入力を倒さずに待っているあいだ、1 の線から 0 の線へ抜ける道が、どこにもない。 だから、電気はほとんど流れない。
流れるのは、出口の線に電気をためるときと、それを捨てるときだけだ。
上下の組は、待っているあいだは、ほとんど電気を使わない。電気を使い、熱を出すのは、切り替わるときだ。
(本物の部品では、切り替わる途中の一瞬、上の組と下の組が、どちらも少しだけつながって、1 の線から 0 の線へ電気が抜けることもある。これも、切り替わるときだけのことだ。)
押して、確かめる
下の図は、第3回の抵抗の NOT と、第4回の上下の組の NOT を、縦に並べたものだ。 入力は 1 つだけで、どちらの図の入力スイッチを倒しても、2 つが一緒に倒れる。 同じ入力を入れたときに、どれだけ電気を使うかを比べるためだ。 出口の線の下には、前回の、線にたまっている電気の目盛りを付けた。
図の下のメーターは、それぞれの NOT が、1 の線から使った電気だ。 1 の線から取り出した電気は、最後はどれも 0 の線へ捨てられて、途中で熱になる。 だから、このメーターは、出した熱のメーターだと思ってよい。
使った電気 シミュレータ
入力スイッチを倒して、2 つの NOT が 1 の線から使った電気を比べてください
入力は 1 つだけ。どちらの図の入力スイッチを倒しても、2 つの NOT が一緒に倒れる
抵抗の NOT(第3回)
上下の組の NOT(第4回)
1 の線から使った電気
経ったステップ 0 / 切り替わった回数 0
入力スイッチを倒すか、「自動」を選んでください。
1 杯は、出口の線を 1 回満たす電気。流れっぱなしは、1 ステップで 1 杯と数えた(本物でどちらが多いかは、部品と速さしだい)
まず、入力スイッチを倒してみてほしい。
上下の組の図では、倒した直後の 1 ステップだけ、黄色い粒が流れる。
入力を 1 にしたときは、出口の線 → 下の組 → 0 の線。たまっていた電気を、捨てている。
入力を 0 に戻したときは、1 の線 → 上の組 → 出口の線。電気を、ためている。
ためきると、メーターが 1 杯ぶん増える。
そして、目盛りが落ち着くと、粒は止まる。
抵抗の NOT では、入力を 1 にすると、粒が流れ続ける。
入力を 1 にしたまま、しばらく放っておいてほしい。
上下の組のメーターは止まったままなのに、抵抗の NOT のメーターだけが、どんどん増えていく。
次に、「自動:ゆっくり」を選んでみてほしい。入力が、一定の間隔で倒れ続ける。 しばらくしたら「はじめから」を押して、今度は「自動:速く」を選ぶ。 速くは、ゆっくりの、ちょうど 2 倍の回数で倒す。
同じステップ数のあいだに、上下の組のメーターは、2 倍の速さで増える。 切り替わる回数が倍なら、使う電気も、出る熱も、およそ倍だ。 倒すのをやめれば、上下の組のメーターは、そこで止まる。
抵抗の NOT のメーターは、ゆっくりでも速くでも、あまり変わらない。
どちらでも、半分の時間は、出口が 0 で流れっぱなしだからだ。
(このシミュレータでは、出口の線を 1 回満たす電気を 1 杯とし、流れっぱなしの 1 ステップも同じ 1 杯と数えた。本物で、どちらがどれだけ多いかは、部品と速さしだいだ。)
数と、速さ
1 回の切り替わりで出る熱は、ほんのわずかだ。 けれど、コンピュータの中では、それが、とんでもない数だけ積み重なる。
かけ算で考えてみよう。
1 秒に出る熱 = 1 回の切り替わりで出る熱 × 切り替わるゲートの数 × 1 秒に切り替わる回数
ゲートが多いほど、そして速く切り替えるほど、熱は増える。
まず、数から。 トランジスタの数で比べてみる。
| 回路 | トランジスタの数 |
|---|---|
| NOT 1 つ(第4回) | 2 |
| NAND で作った半加算器(第5回) | 20 |
| 『記憶のしくみ』の自動販売機 | 千数百 |
| Intel 4004(1971 年) | 2300 |
| Apple M3(2023 年) | 250 億 |
Intel 4004 は、売り出された最初の、プログラムで何にでも使える CPU だ。 Apple M3 は、ノートパソコンなどに入っている、いまのチップの 1 つ。
『記憶のしくみ』を読んだ人は、最終回の自動販売機を思い出してほしい。あの回路のゲートを、このシリーズの上下の組で素直に作ると、トランジスタは千数百個になる。
250 億は、自動販売機およそ 2000 万台ぶんだ。 1971 年から 50 年ほどで、1 つのチップに入るトランジスタの数は、1000 万倍になった。
次に、速さ。
コンピュータの中では、時計の役をする信号(クロック)が、規則正しく 0 と 1 を繰り返している。
前回の、点滅が止まらない輪を思い出してほしい。あれの、ずっと速い版だ。
ゲートは、その刻みに合わせて切り替わる。
2001 年には、パソコンの CPU のクロックは、1 秒に 20 億回(2 ギガヘルツ)に達していた。 前回の、74HC04 の輪の 1800 万回の、100 倍以上だ。
何百億個ものトランジスタのどれかが、1 秒に何十億回という刻みで、ためては捨てている。 1 回ぶんはわずかでも、かけ算の答えは大きい。 パソコンを長く使っていると底が温かくなり、中に、チップを冷やすための金属のひれ(ヒートシンク)やファンが入っているのは、そのためだ。
速くは、できない
数を増やし、速くしてきたコンピュータは、2000 年代の半ばに、壁にぶつかった。
2005 年、ソフトウェアの技術者のハーブ・サッターは、「タダ飯は終わった」という題の記事を書いた。 Intel の CPU のクロックは、2001 年 8 月に 2 ギガヘルツに達し、記事のころには 3.4 ギガヘルツになっていた。 ところが、Intel は 4 ギガヘルツの CPU を出す予定を延ばし、やがて、その計画をすっかり取りやめた。
記事は、その理由として、まず熱を挙げている。 出る熱が多すぎて、逃がしきれない。 ほかに、使う電気が多すぎること、そして、止まっていても漏れる電気の問題。
第4回で、上下の組は、待っているあいだも「ほんの少しだけ漏れる」と書いた。 トランジスタの数が増えるほど、その「ほんの少し」も、積もって効いてくる。
CPU の歴史を調べた 2012 年の論文も、2005 年ごろに、CPU が新しい制約、電力の壁にぶつかったと書いている。 クロックを速くすれば、熱が増える。熱を逃がしきれなければ、それ以上は速くできない。
そこで、作る会社は、1 つの CPU を速くする代わりに、計算する部分(コア)を、1 つのチップに何個も並べる方向へ進んだ。 1 つずつは速くしなくても、何個も同時に働けば、全体ではたくさん計算できる。
ここでも、上下の組の性質が効いてくる。 上下の組は、待っているあいだ、ほとんど熱を出さない。 並べたコアのうち、いま仕事のないものは、切り替えずに休ませておけば、熱をあまり出さずにすむ。
歩いてきた道
物差しの表を、最後まで伸ばしておこう。
| スイッチ | 押すもの | 動く部分 | 切り替わるのにかかる時間 | 待っているあいだの電気 |
|---|---|---|---|---|
| 押しボタン | 人の指 | ある | 人の指しだい | 使わない |
| リレー | 電気(電磁石) | ある(カチッと鳴る) | 数ミリ秒 | 押しているあいだ、コイルに流しっぱなし |
| トランジスタ 1 種類 | 電気 | ない | ? | 0 を出しているあいだ、流しっぱなし |
| 上下の組(CMOS) | 電気 | ない | 10 ナノ秒ほど | ほとんど使わない。使うのは、切り替わるとき |
(トランジスタ 1 種類の時間の欄は、このシリーズでは確かめていないので、最後まで ? のまま残した。)
人の指で押していたスイッチが、電気で押せるようになり、動く部分がなくなり、組になって、待っているあいだは電気をほとんど使わなくなった。 その代わりに残ったのが、切り替わるのにかかる、ほんのわずかな時間と、切り替わるたびに出る、ほんのわずかな熱だった。
このシリーズの回路がしてきたことは、タイトルの言葉で言える。
つなぐ。 押す。 小さくなる。 組になる。 1 種類で足りる。 遅れる。 そして、熱くなる。
このサイトのほかのシリーズで並べてきた AND・OR・XOR・NOR の箱は、開けると、どれも、この上下の組のスイッチが入っている。
電源を、切ったら
上下の組は、待っているあいだ、ほとんど電気を使わない。 けれど、「ほとんど」であって、ゼロではない。 そして、電源を切ってしまえば、1 の線そのものが、なくなる。 上の組がつなごうにも、つなぐ先がない。
『記憶のしくみ』を読んだ人は、最終回で、自動販売機の「電源を切る」を押したら、入れていた金額が消えたのを思い出してほしい。値を覚えていたのは、2 つのゲートが互いに支え合う輪だった。本物のチップなら、その輪のゲートも上下の組でできていて、待っているあいだはほとんど電気を使わない。それでも、電気がなければ、支え合えない。
少しだけ、温かい
第1回で、こう書いた。
先に答えを言ってしまうと、箱の中身はスイッチである。
7 回かけて、その箱の中を見てきた。 入っていたのは、本当に、スイッチだけだった。 1 の線か 0 の線に、つなぐか、切るか。 回路がしているのは、それだけだ。
足し算の意味も、覚えている数の意味も、回路は知らない。 『計算のしくみ』を読んだ人は、第1回の「回路は足し算を理解していない。理解していないのに、答えは合っている」を思い出してほしい。その「理解していない」回路の中で、実際に起きていたのが、線に電気をためては捨てることだった。
最終回の今、こう書き足しておきたい。
回路は、一度も考えていない。それでも、答えを出すたびに、少しだけ温かくなる。
最後に、机の上に戻ろう。
第1回では、ここに押しボタンが 2 つと、LED が 1 つ載っていた。 押していたのは、人の指だった。
いまは、同じ机の上に、黒くて小さな IC が載っている。 中には、上下の組の NOT が 6 つ。 前回の輪にすれば、誰も押していないのに、1 秒に何千万回も、ためては捨て続ける。
それでも、指を当てても、温かさはほとんど分からない。 6 つのゲートが出す熱は、それくらいわずかだ。
次に、パソコンのファンが回る音を聞いたら、少しだけ思い出してほしい。 その奥で、何百億個ものスイッチが、何も考えずに、つないでは切っていることを。 そして、その 1 回ごとに、ほんの少しずつ、温かくなっていることを。
参考文献
- 松下俊介 著. 基礎からわかる論理回路. 第2版, 森北出版, 2021.7. 978-4-627-82842-1. https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I031573740
- Texas Instruments. "CMOS Power Consumption and Cpd Calculation" (SCAA035B). 1997. https://www.ti.com/lit/an/scaa035b/scaa035b.pdf, (参照 2026-10-11).
- Herb Sutter. "The Free Lunch Is Over: A Fundamental Turn Toward Concurrency in Software". Dr. Dobb's Journal, 2005-03. http://www.gotw.ca/publications/concurrency-ddj.htm, (参照 2026-10-11).
- Andrew Danowitz, Kyle Kelley, James Mao, John P. Stevenson, Mark Horowitz. "CPU DB: Recording Microprocessor History". ACM Queue, 2012. https://queue.acm.org/detail.cfm?id=2181798, (参照 2026-10-11).
- Intel. "The Story of the Intel 4004". https://www.intel.com/content/www/us/en/history/museum-story-of-intel-4004.html, (参照 2026-10-11).
- Apple. "Apple unveils M3, M3 Pro, and M3 Max, the most advanced chips for a personal computer". Apple Newsroom, 2023-10-30. https://www.apple.com/newsroom/2023/10/apple-unveils-m3-m3-pro-and-m3-max-the-most-advanced-chips-for-a-personal-computer/, (参照 2026-10-11).